読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自堕落の力を…

 強くなるのは難しいが、弱くなるのは簡単だ。

 日記を書くのが面倒である、平均して三日に一度くらいの回数で書いているのですが、それでも面倒である。しかし思い起こせば以前は毎年年間360回ほど書いていたのだから「へぇ、凄いね」と、まるで他人事みたいに思えてくるくる以前の自分であるが、それが三倍楽にしたはずがそれでも最近面倒でしゃあなくなってきた、人間、落ちぶれるのにも引力が発生しているのか知らん、なんせ落ちていくのは本当に楽だ、努力なく落ちぶれ感が容易に実感できる、これは凄いことだ。

 なぜ自堕落は努力なく効果が実感できるのだろうか、これ当たり前のようで本当に当たり前なのだろうか?このメカニズムを解明し応用すれば、反対に努力感なくある種の効果を生むことができるのではないだろうか。昔一時流行ったマーフィーの法則という本で書かれていたが「面倒臭がりに仕事を任せれば楽な方法を見つける」みたいな事が書かれていたが、今の私はこの例に当てはまろうとしているのかも知れない、しかし、面倒臭がり故に、追求が面倒なので此れの発展は望めまい、そもそも「面倒臭がりに仕事を任せれば楽な方法を見つける」というのも、以前二十歳頃であった私は「なるほど」なんぞ唸ったものだが、歳を重ねたいまではわかる!、わかるぞ!!、わかるのだ!!!、これはあくまで”頭のいい面倒臭がり”に限られた話でしかなく、凡百の面倒臭がり共はまず「楽な方法を考えよう」という発想にすら辿り着かず、茶を濁すが如く手を抜くだけ抜いて、濁して淀んだ茶を点てるに終始するのだ。

 努力が報われ、自堕落の力が努力に転じることはない。私は神の存在というものには基本的に否定的ではあるのですが、このように世界が構築されているのには何か大いなる力を感じずにはおれんのです。