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☆愛しのダンテ 

ダンテと云っても親父が溺愛したパピヨンの事では無く

イタリアの作家ダンテ アルギューリの事である。

彼の代表作は『神曲』だが、

この題名は日本だけのものであり、他国ではそうなってはいない。

元々の題名は「神聖な喜劇」である。

実際の内容を読むと、ダンテ自身が付けた様に、『喜劇』が一番相応しいと思う。

なぜ『神曲』になったのかと云えば、アンデルセンの『即興詩人』のドイツ語版(原語は

デンマーク語)を森鴎外が日本語に文語訳した際、そこに引用されていたダンテの

『神聖な喜劇』を、何故か『神曲』と訳したのだ。

鴎外がつけたこのタイトルが我が国では一般的になった。我々は、鴎外に騙され、

幻惑させられる運命にあった。

シェイクスピアの『リア王』も、悲劇だと思っている人が多い。いや、世間では完全に悲劇で

通っている。しかし、あれもまた、喜劇以外の何ものでもない。

リア王の話は以前も紹介したのでご存知とは思うが、一応云っておくと、80歳を過ぎた老齢の

リア王は、3人の娘の内、美辞麗句を尽くして自分を褒め称える上の姉2人に権力と富を譲り、「お父様として当たり前に愛している。それ以上でも以下でもない」と云った末の妹には

何もやらずそれどころか国を追放した。だが、やがて姉達の本心を知り、後悔すると云うものだ。

リア王の末娘は、リア王を失望させたが、それは、リア王が愚かだったからだ。

リア王は、娘が自分を一番好きだと云ってくれる事を期待した。

リア王は、老人になっても、末娘の高貴さが分からず、人類の不幸の原因に気付いて

いなかった。リア王は悲劇でも何でもない。馬鹿な老人の喜劇である。

ベートーヴェンは死の間際に言った。

「諸君、拍手を。喜劇は終った」

彼は、死の瞬間に、ようやく次元上昇を果たしたのかもしれない。

三年前、親父にプレゼントしたダンテ(パピヨン)の事を考えながら

高速を飛ばしていたら、そんな事が頭を駆け巡った。

               先程、仙台に到着した。

  しかし

  いつまで寒いんだこの街は(++

               一泊したら横浜に帰還する。